自分で植えたチューリップはなぜこんなに愛おしいのか。

球根を10月に植えて咲いているチューリップたち。
花の命は短いから貴重なのでしょうが、特にチューリップは見逃してしまう変化が惜しく愛おしいのはどうして?と思ってしまいます。

我が家は水はけが悪いので、原種系以外のチューリップは花が終わると諦めますから毎年更新します。
種蒔きする植物は沢山発芽してたいてい間引きをしますが、球根は数は少ないけれどほぼ失敗なく発芽してくれます。
球根からの植物は種蒔きに比べて発芽の心配はあまりありませんが、待つ時間が長いと感じます。

ヒヤシンスも同じような経過をたどるので大事にしているのですが、花が咲くと重くて傾いても茎がどっしり短いので風で倒れることはまずありません。
そしてヒヤシンスの方が球根は太りやすく、半分以上は翌年も咲かせることができます。

チューリップは、風に吹かれて茎も花弁も揺れやすくて頼りなく感じるところが、愛おしさの一番の要素かも。
春のこの時期に咲くのですから。
そして花弁の開閉がわかりやすいので表情もその時によって全く違い、やっと閉じている様子をみると心配したり、また過ぎゆく時の経過を感じたり。
花を待たされ、その花と茎がちょっと頼りなくて、花の表情が素直に見られるから心が揺らされるのかもしれません。
特に昨年、今年は休みの日に遠出しないのでじっくり見られるというのは大きいです。

公園に植えられたチューリップも誰かが植えていて綺麗ですが、風景の中にあってスケールの大きさが違うので別物です。
個人としては「待って」いないので、突然現れるという感動が大きく、また価値は違います。
ただ1本1本の命だと思うと、綺麗な時期に見られたら幸せです!

ということで、ちょっとバラみたいで珍しいチューリップ。
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これは普通っぽいチューリップですが、この手の草丈の高いものは風に対する抵抗力(^^;)が弱く、シンプルな分花弁の肌がよく見えるので心配になり、咲いている時間が貴重に感じます。
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ピンクのフリンジ咲きも可愛いです。
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そう、我が家のチューリップは、貴重過ぎて愛おしすぎて切花にして飾ることができません。
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blogにするとまとまりませんが、まとまらないところもはかなさ?だと思ってお許しを(^^;)。


室内に取り込んでいた胡蝶蘭とプルメリアは先週すべてベランダに出し、プルメリアは植え替え作業をしました。
胡蝶蘭には花芽が付いてきました。
楽しみ楽しみ!

この記事へのコメント

2021年04月05日 11:49
八重のチューリップも好きで時々買います。今咲いています。沢山植えられて、綺麗なお庭です。家で咲かされたのは特別、同じ思いは私もです。
ミントのみん
2021年04月05日 21:01
kazuyoo60さん、
そうなんですよね。自分で植えた自分のチューリップって、違うのですよね。
それがか弱いから余計に。
強いものはまた別の魅力はありますが。
はかないものに敏感なのかもしれないです。